2019/09/30
幸せになりたくない人は、「怠け」てください。
何もしないで怠けていると楽だし、幸せを感じるのですが
前回の(幸せになる心と、不幸になる心 その3「欲」)の5番目のに出てきた「睡眠欲」はねただ眠りたいだけではなく、
「何もせずに寝て暮らしたい、面倒なことはやりたくない、楽がしたい、出来るだけ怠けたい、自分の好きなゲームやネットだけをしていたい。」
と言う、怠けの心です。
この心が出てきたら、いくら幸せになりたいと思っても、すべてぶち壊しになってしまいます。
心は、この「怠けて何もしなければ、楽しくてらくです」と言う方向と「幸せになりたいから頑張ります」の間を揺れ動いています。
ずっと怠けているとどうなるでしょう。働かなくては食べていけませんし、勉強をしなければ成績が下がり、皆についていけなくなります。結局苦しむことになるのです。一時的な快楽のために、将来の幸せを壊してしまいます。
仏教では頑張ることを、精進と言います。
怠けの心は、何かしようとすると
「こっちのほうが楽ですよ。怠けたほうが楽しいですよ。」
と目の前に何度でもチラチラと、出てきます。
これに負けないように努力して頑張ることを、仏教では精進と言います。
とにかく人は、楽な方、楽な方に行きたがるものです。これに打ち勝った人は成功し、負けた人はその時は楽しいけれど、先に言って苦しむことになります。
自分で「怠けている」と分かっている人は良いのですが、困るのが「一生懸命に頑張っているのに、うまくいかない」という人です。
実は、この人たちも怠けているのです。
一生懸命頑張っているのに、うまくいかない人に
一生懸命に頑張ってもうまくいかない人は、ただやみくもに動き回っているだけで、実は心の中で怠けているのです。
朝から晩まで一生懸命頑張って働いても結果が出ない人は、ただ同じことを繰り返しているだけで、進歩がない状態です。つまり心は一歩も前に進んでいない状態です。怠けているのを忙しく体を動かすことで、誤魔化しているだけです。
そのような人は「何かおかしい」と考えてみてください。
「一生懸命仕事をしているのに、結果が出ないのは・・・何かおかしい」
「がんばって勉強しても試験で良い点が取れないのは・・・何かおかしい」
と考えるのです。
そうすれば、毎日同じことを繰り返しているだけ、やり方が硬直化しているのに「気づく」ことでしょう。
「頑張る」のではなく「しっかり」と生きる
ただ「頑張る」のではなく、「しっかり生きるため」には目標をはっきりさせる必要があります。
その目標を達成するのに必要な手段や手続きを考え、いつまでに達成するか必要な期間を定めます。
それを考えないでただ「頑張っている」のは、体を忙しく動かしているだけで、頭は何も考えず「怠けている」だけです。
このサイトで何度も言っているように、悪い点に「気づく」ことが出来れば、これを治すことで前に進めます。
悪い点に気づき、直したら、それはサッサっと忘れるべきです。「あの時、ああしなければよかった」「あれが悪かった」等といくら後悔しても、それは怠ける言い訳にしかなりません。
一番いけないのは何も「気づく」ことなく、毎日同じことを繰り返してしまうことです。